第 3 回 山形県東村山郡の昔ばなし 『玉虫のなみだ雨』 |
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皆様 ご機嫌 いかがでしょうか。 長七郎です。 |
ここのところ厳しい寒さが続きます。風邪などひいてはいらっしゃいませんか。 |
北海道のある町ではマイナス20度と、まるで冷蔵庫の中にでもいるようですね。 |
風邪のウイルスは、乾燥した寒い所を好むようです。
手洗いやウガイなどで、ウイルスを完全シャットアウトしましょう。 |
さて今回は、『玉虫のなみだ雨』という、ちょっとやるせない悲しいお話です。 |
それでは今日も、昔話のはじまり、はじまり〜 |
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やるせない、いたたまれない |
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ある日、山辺の殿さまのところへ御殿奉公を願い出た、若い娘がありました。 |
氏素姓もわからないものを女中に使うわけもなりませんので、門番はおい払いました。 |
ところが、その娘は、 |
「どうか御殿で働かせて下さい」
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と、泣きながらどうしても動こうとしません。 |
それが二日たっても三日たっても泣きくずれたままでありましたから、これをきいた奥方は、 |
「かわいそうなことだ、しばらく奉公させるがよい」と、いわれました。 |
その娘は田舎そだちとは思えない姿かたちでありましたので、玉虫という名をもらい、一生懸命働きました。 |
かゆいところに手がとどくほどのまめまめしい働きぶりはみんなから感心され、奥方からはことのほかに可愛がられました。 |
玉虫が台所で働くようになってから、炊いた御飯のおいしいこと、じゃ香米でも使っているのではないかと思われるほどでありました。 |
「おいしい御飯だ、こんなおいしい御飯は一度も食べたことがない。」 |
それをきいて面白くないのは、これまでおった女中たちです。なにか落度はないものかと、いつも白い目でにらんでいるのでありました。 |
八月十三日といえば暑いさなかです。その日の夕方、はげしい雷の音といっしょに、にわか雨がふりました。 |
おりあしく、庭一ぱいに干物をほしてありましたが、どうしたことか女中たちのすがたがありません。 |
「これ、誰かおらぬか。」 |
奥方は二三度よびましたが、返事がありません。ただ玉虫が一人、かまどの前で火をたいているばかりでした。 |
「誰かおらぬか。」 |
奥方のきびしい呼び声に、玉虫はかまどの火を気にしながら、いそいで庭へ出ていきました。 |
そのあとへ一人の女中がやってきました。玉虫がいないのを知ると、 |
「あんなにおいしい御飯は、どうして炊いているのだろう」と、思いながら、そっと釜のふたをとって中をのぞきこみました。 |
「あれーッ。」悲鳴をあげてしりもちをつきました。
この声をききつけて、大勢の女中たちがかけつけてきました。 |
「なんとなされました。」 |
「あ、あれをあれを …… 。」 |
指さす方を見れば、そこにはいつも御飯を炊いている釜がありました。一人の女中が何気なく中をのぞくと、そこには一尺余りの蛇がとぐろをまいているではありませんか。 |
殿中は上を下への大騒ぎとなりました。 |
たちまちに玉虫は、しばられて、詰問されることになりました。玉虫は泣きじゃくりながら、次のように語りました。 |
武家に生まれた玉虫は、幼いころ父を失いました。大きくなってからはたった一人の母も病にたおれてしまい、売るものとてもいつしかみんななくなり、もう、どこかへ奉公に出るほかはなくなりました。 |
そこで御殿奉公を思い立ち、神さまへ願をかけてお詣りにいき、満願の日にさずかったのは一ぴきの蛇でありました。 |
それを大切にもってお城へ、いき奉公をねがい、幸いにその願いがかなえられると、神さまのおぼしめしとして、御飯を炊くときは、いつも蛇を釜の中へ入れていたということでした。 |
それをきいた奥方は、 |
「その志はいとしいが、このままでは、すまされまい」といわれ、玉虫は城の外へ追い出されてしまいました。 |
城を出された玉虫はどこへ行くあてとてもありません。夏草の生いしげる山また山をさまよいながら沼のほとりまでやってきました。 |
もう身も、世もなく悲しみつかれた玉虫は、さそわれるように、その沼へ、身を投げてしまいました。 |
水の音がわずかにあたりの静けさをやぶっただけで、あとはまたもとの静けさとなりました。 |
それから玉虫は、その沼の主となり、八月十三日の夕方には必ず雨を降らしたということです。 |
それで、その日、降る雨を玉虫のなみだ雨とよんでいました。 |
おしまい。 |
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長七郎の解説 |
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ちょっと悲しい物語でしたが、人のために一生懸命に働きたいという娘心が伝わってきました。 |
それにしても、ねたみ、うらみの思いから、他人の不幸を喜ぶのが人の常です。 |
お互いの気持ちを尊重し合いながら、共に喜びを分け合い、そして共に生きると言う温かみのある心を持ちたいですね。 |
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■ 一読者の感想 |
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昔ばなしや童話の中には、“なんでそんな結末に”という、いたたまれない思いを残して終わる話が少なくありません。 |
例えば、改心して一生懸命栗やマツタケを届ける子狐を撃ち殺してしまう、新美南吉作の『ごん狐』なども、そのような物語です。 |
今回のお話でも、よるべのない玉虫が懸命に周囲の人に尽くすのに、受け入れられず、行き場のない孤独の中で自ら命を絶っていきます。実際、人の世は不条理に満ちています。『玉虫のなみだ雨』は、その不条理をあえて私たちにつきつけることによって衝撃を与え、私たちが人としてどう生きていかなければならないのかを、鋭く考えさせてくれます。 |
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さて、皆さんはこの昔ばなしをどのように読んだでしょうか。それぞれの皆さんの思いで、それぞれ心に残るものを味わっていただければ、幸いです。 |
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